生成AIは、この数年で驚くほど身近な存在になりました。企業でもAIの導入や活用は急速に広がり、「AIを使っていない企業」の方が少数になりつつあります。それでも、企業全体の業務や組織がAIを前提とした形へ大きく変わったかと問われれば、必ずしもそうとは言えません。AIの性能は上がり、使えるツールも増えている。にもかかわらず、なぜAXは思うように進まないのでしょうか。
その理由を「AIがまだ十分に賢くないから」と考えるだけでは、本質を見誤ります。むしろ、いま企業が直面している大きな問題は、AIそのものではなく、AIを適用する対象である「自社の仕事」を企業自身が十分に理解できていないことにあります。どのような仕事が存在し、誰が担い、どこに時間やコストがかかり、何が成果につながっているのか。その実態が見えないままでは、「どのAIを導入するか」は決められても、「自社のどこをAIに任せるべきか」は判断できません。
本稿では、生成AIの普及とAXの進展の間にあるギャップを紐解きながら、企業のAI活用がPoCや部分最適にとどまる背景を考えていきます。そして、AXを進めるために最初に向き合うべき対象はAIではなく、企業活動そのものではないか、という問いを提示します。
Index
1|生成AIは普及したが、AXは進んでいるのか
1-1|「AIを導入する企業」は急速に増えている
1-1-1|生成AIは実験段階から業務利用へ
生成AIは、もはや一部の先進企業だけが試験的に利用する技術ではなくなりました。ChatGPTをはじめとする生成AIやCopilot、AIエージェントなどが急速に普及し、多くの企業で実際の業務への組み込みが進んでいます。これまで「まずは使ってみる」という実験的な位置づけだった生成AIは、徐々に日々の業務を支える実用的なツールへと変わりつつあります。「AIを使うこと」そのものは、企業にとって特別な取り組みではなくなり始めています。
1-1-2|各部門でAI活用が始まっている
AI活用の広がりは、特定の部門に限られません。営業では提案文やメールの作成、人事では求人票の作成や面接内容の整理、マーケティングではコンテンツ制作や企画案の作成、開発ではコーディング支援など、日常業務のさまざまな場面でAIが使われるようになっています。従来は人が一から行っていた作業の一部をAIが支援することで、業務時間の短縮やアウトプット量の増加といった効果も生まれています。企業におけるAI活用は、実証実験の段階から、実際の業務で価値を生み出す段階へと移りつつあります。
1-2|それでも企業全体はAI Nativeになっていない
1-2-1|「活用」と「変革」は異なる
しかし、ここで考えなければならないのは、AIの利用が広がっていることと、企業全体のAXが進んでいることは同じではない、という点です。社員一人ひとりが生成AIを使い、文章作成や情報整理にかかる時間が短縮されたとしても、それだけで企業活動そのものがAIを前提とした形へ変わったとは言えません。AIを「活用すること」と、AIを前提に業務や組織を「変革すること」の間には、大きな隔たりがあります。AIの利用率が高まっているからといって、そのままAXの進展度が高まっているとは限りません。
1-2-2|PoCや部分最適から抜け出せない
実際、多くの企業におけるAI活用は、議事録の作成、文章の要約、資料作成、情報検索といった個別業務の効率化に集中しています。これらは確かに重要な成果ですが、既存の業務プロセスの一部を速くしているにすぎないケースも少なくありません。業務プロセス全体を見直し、どの仕事を人が担い、どの仕事をAIに任せるのかを再設計し、さらに組織や意思決定のあり方まで変えるところには、まだ十分に到達していません。PoCを実施し、いくつものAIツールを導入しているにもかかわらず、企業全体としては従来と大きく変わらない。この状態は決して珍しくありません。つまり、AIの普及とAXの進展は必ずしも比例しないのです。AIの性能は急速に向上し、利用環境も整いつつあります。それでも企業全体の変革が思うように進まないのであれば、問題はAIそのものではなく、それを適用する企業側にあるのではないでしょうか。では、なぜ多くの企業はAIを使い始めても、PoCや部分最適から抜け出せないのでしょうか。
2|なぜAXはPoCと部分最適で止まるのか
2-1|AI起点で考えている
2-1-1|「このAIで何ができるか」から始まっている
多くの企業でAI活用がPoCや部分最適にとどまる背景には、AI導入の出発点そのものに問題があります。新しい生成AIやAIエージェントが登場すると、「このAIを使って何ができるか」「どの業務に適用できるか」という議論から始まりがちです。もちろん、新しい技術の可能性を検証すること自体は重要です。しかし、Technologyを起点に活用方法を探すだけでは、AIの導入そのものが目的になり、本来解決すべき経営課題や業務課題との接続が弱くなります。その結果、実現しやすい業務や分かりやすいユースケースからAIが導入され、一定の効果は得られても、企業全体の変革にはつながらないという状況が生まれます。
2-1-2|本来は「何を変えるべきか」から考える
AXを進めるために必要なのは、「AIで何ができるか」ではなく、「企業活動のどこを変えるべきか」という問いから始めることです。例えば、生産性を高めたい、顧客への提供価値を高めたい、意思決定を速くしたいといったBusiness Goalがあるのであれば、その実現を阻んでいる業務を特定し、その業務を構成する仕事やタスクを見た上で、初めてAIを適用すべき領域を考える必要があります。つまり、考える順番は「Technology → Use Case」ではなく、「Business Goal → Work → Task → AI」であるべきです。AIを先に選ぶのではなく、企業として変えるべき仕事を特定し、その手段としてAIを位置づける。この順番に変えなければ、AI活用は個別施策の積み重ねから抜け出しにくくなります。
2-2|ユースケースを探すこと自体が目的化する
2-2-1|AIユースケース集の限界
AI活用を検討する際、「営業で使える生成AI活用20選」「人事におけるAI活用10選」といったユースケース集を参考にする企業も少なくありません。こうした情報は、AIで何ができるのかを理解する入口としては有効です。しかし、一般的なユースケースを自社の業務に当てはめるだけでは、本当にAIを適用すべき領域を特定することはできません。メール作成や議事録作成をAI化できたとしても、それが自社にとって最も時間を使っている業務なのか、最も大きなコストが発生している業務なのか、あるいは事業成果に最も影響する業務なのかは別の問題だからです。「導入できそうなAI活用」を増やすことと、「企業として変えるべき仕事」を見つけることは同じではありません。
2-2-2|企業ごとに仕事は異なる
さらに重要なのは、同じ職種や部門であっても、実際に行われている仕事は企業ごとに異なるということです。同じ営業という職種でも、顧客層、商材、営業プロセス、契約単価、組織体制によって日々行う仕事は大きく異なります。採用、人事、経理、マーケティングなどについても同様です。一般的な職種名だけを見て、「この業務はAI化できる」と判断することはできません。企業固有の仕事を見ずに、一般的なユースケースを当てはめても、AXの優先順位は決められないのです。
ここに、PoCや部分最適から抜け出せない構造があります。AIの選択肢は増え、ユースケースも増え続けています。しかし、「どのAIを使えるか」という情報が増えるほど、「自社では何を変えるべきなのか」という問いが置き去りになる可能性があります。AXを前に進めるためには、AIの側を見るだけでは不十分です。では、企業はそもそも、自社の中でどのような仕事が行われているのかを、どこまで理解できているのでしょうか。
3|真のボトルネックは「WorkのBlackbox化」
3-1|企業は「誰が何をしているか」を十分に把握していない
3-1-1|組織図はあっても仕事の地図はない
ここまで見てきたように、AXがPoCや部分最適にとどまる背景には、AI起点で考えてしまうことや、一般的なユースケースを自社に当てはめてしまうことがあります。しかし、さらにその奥には、より根本的な問題があります。それは、AIを適用する対象である「自社の仕事」そのものを、企業が十分に把握できていないということです。
多くの企業には、組織図があります。誰がどの部署に所属し、誰がマネージャーで、どの部門がどの役割を担っているのかは、一定程度可視化されています。職務記述書や業務マニュアル、評価制度、等級制度などを整備している企業も少なくありません。しかし、それらを見れば、企業の中で実際にどのような仕事が行われているのかが分かるかというと、必ずしもそうではありません。組織図から分かるのは人と組織の配置であり、職務記述書から分かるのも、その職種に期待されている大まかな役割です。そこには、日々の業務の中で発生している細かな作業や判断、調整、コミュニケーションまでは十分に表現されていません。
例えば、営業担当者の役割を「顧客への提案と受注」と定義することはできます。しかし、実際の仕事を見れば、顧客情報の収集、過去の商談履歴の確認、仮説の作成、アポイントの調整、提案資料の作成、社内の専門部門との調整、見積もりの作成、商談後のフォロー、契約条件の確認など、多数の仕事が存在します。その中には毎日行われるものもあれば、特定の案件でしか発生しないものもあります。また、担当者によって仕事の進め方や時間の使い方が異なることもあります。
つまり、多くの企業には「人と組織の地図」はあっても、「仕事の地図」がありません。誰がどの部署に所属しているかは分かっても、誰が実際に何をしているのか、その仕事にどれほどの時間を使っているのか、どの仕事が成果を生み、どの仕事が負荷になっているのかまでは見えていないのです。平常時であれば、この状態でも業務は回ります。しかし、企業活動をAIを前提とした形へ変えていこうとすると、この見えなさが大きな壁になります。AIに何を任せるのかを決めるためには、まず、AIに任せる対象そのものが見えていなければならないからです。
3-1-2|Jobの下にあるWork・Taskが見えていない
この問題は、AIによる代替可能性を考えると、さらに分かりやすくなります。これまでのAIに関する議論では、「営業職はAIに代替されるのか」「人事の仕事はAIによってなくなるのか」「経理は自動化できるのか」といった、職種単位の問いが多く語られてきました。しかし、実際には、一つの職種全体が一度にAIへ置き換わるわけではありません。
例えば営業というJobの中にも、顧客候補を探す、企業情報を調べる、商談前に仮説を整理する、メールを書く、議事録をまとめる、提案内容を考える、顧客との関係を構築する、条件を交渉するといった、性質の異なる仕事があります。情報収集や文章のたたき台作成はAIが大きく支援できるかもしれません。一方で、複雑な利害関係を踏まえた交渉や、相手との信頼関係を築く行為は、現時点では人が重要な役割を担うでしょう。同じJobの中にも、AIが担いやすいTaskと、人が担うべきTaskが混在しています。
にもかかわらず、企業がJobという大きな単位でしか仕事を把握していなければ、その中のどこにAIを適用できるのかを具体的に判断することはできません。「営業にAIを導入する」「人事をAI化する」という表現だけでは、実際に何が変わるのかが曖昧なままです。AXを考えるためには、職種名だけではなく、その中で実際に行われているWorkやTaskまで仕事を捉える必要があります。
重要なのは、ここで細かな業務棚卸しを行うこと自体が目的なのではないということです。企業の仕事を分解する目的は、どこに時間やコストがかかっているのか、どこにAIを適用できる可能性があるのか、どこを人が担い続けるべきなのかを判断できる状態をつくることにあります。しかし現状では、その判断の前提となる「仕事の実態」自体が十分に見えていません。
3-2|仕事に関するデータが分散している
3-2-1|仕事の実態は複数システムに存在する
では、なぜ企業は自社の仕事を十分に把握できていないのでしょうか。その理由の一つは、仕事に関する情報が存在していないからではなく、さまざまな場所に分散して存在しているからです。社員の所属や役職、経歴などの情報は人事システムにあります。顧客との接点や商談履歴はCRMにあります。売上や契約、請求などの情報はERPや基幹システムにあります。プロジェクトの進行状況はプロジェクト管理ツールに、日々のコミュニケーションはチャットやメールに、提案書や議事録、成果物はドキュメント管理ツールに保存されています。
つまり、企業の中には仕事を理解するための材料がすでに大量に存在しています。しかし、それぞれのシステムは異なる目的で導入されているため、仕事という視点で横断的につながっていません。人事システムは「人」を管理し、CRMは「顧客や商談」を管理し、ERPは「取引や数字」を管理します。それぞれのシステムが正しく機能していたとしても、それだけでは企業の中で行われている仕事の全体像は見えてきません。
この状態では、ある社員がどの案件に関わり、そこでどのような仕事を行い、その結果どのような成果につながったのかを追いかけようとしても、複数のシステムやデータを行き来する必要があります。場合によっては、そもそもデータとして残されておらず、本人や上司に聞かなければ分からないこともあります。企業は膨大なデータを保有しているにもかかわらず、それを「仕事を理解するための情報」として使えていないのです。
3-2-2|データはあっても関係性がない
さらに本質的なのは、データが存在していることと、企業活動を理解できることは同じではないという点です。例えば、社員Aが営業部に所属していること、顧客Bを担当していること、ある期間に一定の売上を上げたことは、それぞれのシステムから確認できるかもしれません。しかし、それだけでは、社員Aが顧客Bに対して具体的にどのような仕事を行い、その中の何が成果に結びついたのかまでは分かりません。
企業活動を理解するために必要なのは、個別のデータだけではなく、その関係性です。「誰が、何を、どのように行い、その結果として何が生まれたのか」がつながって初めて、仕事の実態が見えてきます。しかし、多くの企業では、人、組織、業務、スキル、成果などに関するデータが別々に管理され、それらの関係性が十分に捉えられていません。
この状態を、本稿では「Workのブラックボックス化」と呼びます。企業の中では毎日、膨大な仕事が行われています。しかし、その全体像を経営や現場が共通して把握できる状態にはなっていません。結果として、「どの仕事にAIを適用すべきか」「どこまでAIに任せられるのか」「どの仕事は人が担うべきなのか」といったAXの根幹となる問いに対して、企業は十分な根拠を持って答えることができません。
AIの能力は急速に進化しています。できることも、これからさらに増えていくでしょう。しかし、どれだけAIの能力が高まっても、適用する対象である自社の仕事が見えていなければ、その能力を企業全体の変革につなげることはできません。AXの本当のボトルネックは、AIがまだ十分に賢くないことではありません。企業自身が、自社の中で何が行われているのかを十分に理解できていないことにあります。そして、このWorkのブラックボックスを解消しない限り、AI活用はこれからも局所的な効率化や個別のPoCを繰り返すだけになってしまう可能性があります。
4|仕事が見えなければAI代替可能性も見えない
4-1|「職種がAIに代替されるか」では粗すぎる
4-1-1|AIが代替するのはJobではなくTask
Workのブラックボックス化が問題になる最大の理由は、仕事の実態が見えなければ、AIをどこまで適用できるのかも判断できないことにあります。これまでAIと仕事の関係は、「営業職はAIに代替されるのか」「人事の仕事はなくなるのか」「エンジニアはAIに置き換わるのか」といった職種単位で語られることが少なくありませんでした。しかし、こうした議論だけでは、実際の企業におけるAXを考えるには粒度が粗すぎます。
一つのJobは、性質の異なる複数の仕事やTaskから構成されています。例えば営業担当者であれば、顧客候補の探索、企業情報の収集、商談前の仮説作成、メール作成、提案資料の作成、議事録の整理、社内調整、顧客との商談、契約条件の交渉など、さまざまなTaskを日々行っています。これらすべてに対して、AIが同じように適用できるわけではありません。大量の情報を収集・整理するTaskではAIが高い能力を発揮する一方で、複雑な利害関係を踏まえた判断や、相手との信頼関係を構築するTaskでは、人が重要な役割を担う場合があります。
つまり、「営業職の何%がAIに代替されるか」という問いよりも、「営業というJobを構成するそれぞれのTaskのうち、どこまでをAIが担えるのか」と考える方が、実際の企業活動に近いのです。AIによる変化は、職種そのものが一度になくなるという形ではなく、職種を構成するTaskの一部がAIへ移り、人が担う範囲が変化していく形で進むと考える必要があります。
4-1-2|一つの仕事の中にもHumanとAIが混在する
そのため、これからの企業活動は「人が行う仕事」と「AIが行う仕事」に単純に二分されるわけではありません。一つの業務プロセスの中にHumanとAIが混在し、それぞれの強みを組み合わせながら仕事を進める形へと変化していきます。
例えば、顧客との商談を考えてみても、事前の企業情報収集や過去の商談履歴の要約はAIが担い、その情報をもとにした仮説作成は人とAIが共同で行い、重要な顧客との対話や最終的な意思決定は人が担う、といった役割分担が考えられます。人事でも、候補者情報の整理や求人票のたたき台作成はAIが支援し、候補者との関係構築や採用判断は人が担うといった形です。
重要なのは、「AIに置き換えられる職種」を探すことではなく、一つひとつの仕事を見ながら、HumanとAIの最適な役割分担を考えることです。しかし、そのためには大前提として、自社の中にどのようなTaskが存在しているのかを把握している必要があります。仕事が見えていない状態では、HumanとAIの役割分担を設計することもできません。
4-2|だからAI投資の優先順位を決められない
4-2-1|できることと、やるべきことは違う
さらに、AIを適用できることと、企業としてAIを適用すべきことは同じではありません。生成AIの能力が高まり、多くのTaskを技術的に実行できるようになったとしても、そのすべてに同じ優先順位で投資する必要はありません。
例えば、AIによってある作業時間を半分に短縮できたとしても、その作業が月に数回しか発生しないのであれば、企業全体へのインパクトは限定的かもしれません。一方で、一回当たりの削減時間は小さくても、数千人の社員が毎日繰り返しているTaskであれば、企業全体では大きな効果につながる可能性があります。また、生産性だけでなく、売上への影響、顧客体験、品質、リスク、従業員の負荷など、複数の観点から判断する必要があります。
つまり、AXでは「AIでできるか」という技術的な可能性だけでは不十分です。「その仕事をAI化することで、企業にどの程度の価値が生まれるのか」まで考えなければ、投資判断にはつながりません。AI Capabilityだけを見ていても、どこから着手すべきかは決められないのです。
4-2-2|現在の企業には共通の物差しがない
ここで多くの企業が直面するのが、「では、どこからAXを進めるのか」という問題です。経営は事業インパクトを重視し、現場は日々の業務負荷を重視し、IT部門は実現可能性やセキュリティを重視するなど、立場によって判断基準は異なります。それぞれが個別の観点からAI活用を検討すると、結果として各部門でPoCが並行して立ち上がり、全社としての優先順位が見えなくなります。
本来であれば、自社にはどのようなTaskがあり、それぞれにどれほどの業務量やコストが存在し、どの程度の事業インパクトがあり、AIがどこまで担えるのかを同じ視点で見られる必要があります。しかし、多くの企業では、その前提となる仕事の全体像が可視化されていないため、経営、現場、ITなどが共通して議論できる物差しを持てていません。
結果として、「このAIが話題だから導入する」「この部門から要望が出たからPoCを行う」「導入しやすい業務から試す」といった意思決定が繰り返されます。これでは、AI活用の数は増えても、企業全体として最も大きな価値を生む領域からAXが進むとは限りません。
だからこそ、AXを進めるためには、AIを見る前に仕事を見る必要があります。自社にはどのような仕事が存在し、その中のどこをAIが担える可能性があるのか。さらに、どこからAIを適用すれば企業に最も大きな価値を生み出せるのか。仕事が見えて初めて、こうした問いを具体的に考えることができます。AIの性能がどれだけ進化しても、自社の仕事が見えていなければ、AI代替可能性も、その先にある投資の優先順位も見えてきません。
5|AXの起点を「AI導入」から「企業理解」へ
5-1|最初に把握すべきは企業活動そのもの
5-1-1|Workを分解する
ここまで見てきたように、AXが思うように進まない理由を、AIの性能不足だけに求めることはできません。生成AIの能力は急速に高まり、企業が利用できるAIの選択肢も増え続けています。それでも多くの企業がPoCや部分最適から抜け出せない背景には、AIを適用する対象である「自社の仕事」が十分に見えていないという問題があります。だからこそ、AXの起点そのものを見直す必要があります。「どのAIを導入するか」から考えるのではなく、まず「自社ではどのような仕事が行われているのか」を理解することから始めるのです。
企業活動は、組織図や職種名だけでは捉えきれません。「営業」「人事」「経理」「マーケティング」といった単位は企業活動を整理する上では有効ですが、AIをどこに適用するのかを判断するには粗すぎます。その中では、情報を集める、内容を整理する、分析する、資料を作成する、関係者と調整する、判断する、顧客と交渉するといった、性質の異なる数多くの仕事が行われています。AXを具体的に考えるためには、こうした実際のWorkを捉え、さらに必要に応じてTaskの単位まで解像度を高めていく必要があります。
例えば、「営業をAI化する」というだけでは、何を変えるのかは明確になりません。顧客候補を探すことなのか、企業情報を収集することなのか、商談前の仮説を作ることなのか、提案資料を作ることなのか、それとも商談そのものなのかによって、AIの活用方法は大きく異なります。同じ営業担当者の仕事であっても、Taskごとに必要となる能力や判断、顧客への影響は異なります。だからこそ、職種単位で「AI化できるか」を考えるのではなく、その職種の中で実際にどのような仕事が行われているのかを見ることが重要になります。
ここで重要なのは、企業活動を細かく分解すること自体が目的ではないということです。目的は、自社の仕事を理解し、「何を人が担い、何をAIに任せられる可能性があるのか」を判断できる状態をつくることです。これまで企業は、人員数、売上、コスト、組織構造などについては可視化し、経営判断に活用してきました。一方で、その間に存在する「実際にどのような仕事が行われているのか」については、十分に可視化されてきませんでした。AXを本格的に進めるのであれば、この見えていなかった企業活動そのものに目を向ける必要があります。
5-1-2|その上でAI Capabilityと比較する
自社の仕事が見えて初めて、AIの能力を正しく評価できるようになります。生成AIやAIエージェントには、文章を生成する、情報を検索・整理する、データを分析する、内容を分類する、一定のルールに基づいて処理するといった、さまざまなCapabilityがあります。しかし、「AIが何をできるか」を単独で見ても、それが自社にとってどの程度の価値を持つのかは分かりません。
必要なのは、企業側に存在するTaskと、AI側が持つCapabilityを照らし合わせることです。あるTaskについて、AIだけで実行できるのか、人の判断を組み合わせれば実行できるのか、現時点では人が担うべきなのか。こうした比較ができて初めて、自社の企業活動のどこにAIを適用できるのかが具体的に見えてきます。
この順番は非常に重要です。AIのCapabilityを起点に「使えそうな業務」を探していくと、どうしても導入しやすい領域や分かりやすいユースケースに集中します。しかし、企業側のWorkやTaskを起点にしてAIのCapabilityを照らし合わせれば、これまで検討されていなかった仕事にAIを適用できる可能性も見えてきます。同時に、技術的にはAI化できても、企業として優先する必要がない仕事を見極めることもできます。
つまり、AXとは、単純にAIの導入数を増やすことではありません。企業活動を理解し、その中でAIが担える役割を具体的に見つけ、人とAIの役割分担を少しずつ再設計していくことです。その起点となるのはAI製品の比較ではなく、自社の仕事に対する理解なのです。
5-2|新しい問いが必要になる
5-2-1|「どのAIを導入するか」ではない
これまで多くの企業では、AI活用を考える際に「どの生成AIを導入するか」「どのAIエージェントを使うか」「どのモデルの性能が高いか」といった問いから議論を始めてきました。AIが急速に進化する中で、こうした技術選定はもちろん重要です。しかし、AIの性能比較だけを続けても、AXの全体像は見えてきません。より高性能なAIへ切り替えたとしても、そのAIを企業活動のどこに適用するべきなのかが分からなければ、活用範囲は限定されたままだからです。
むしろ今後は、技術の進化がさらに速くなるほど、個々のAIを起点にAXを設計することが難しくなっていく可能性があります。今日最も優れたモデルやツールが、数か月後にも最適であるとは限りません。一方で、自社の中にどのような仕事があり、何に時間を使い、どの仕事が事業成果に影響しているのかという企業側の構造は、AXを考える上で継続的に必要な情報です。
だからこそ、AXの中心に置くべきものを「AI」から「企業」に戻す必要があります。Technologyから企業活動を見るのではなく、企業活動からTechnologyを見る。AIの進化に合わせてユースケースを探し続けるのではなく、自社のWorkを起点として、その時点で最も適したAIを当てはめていく。この発想への転換が、PoCの積み重ねから企業全体の変革へ進むための第一歩になります。
5-2-2|「自社のどこまでをAIが担えるのか」
そこで、AXを考えるための問いそのものを変えてみます。
「どのAIを導入すればよいのか」ではなく、「自社の企業活動のうち、どこまでをAIが担えるのか」。
この問いに変えると、AI活用の見え方は大きく変わります。一つひとつのAIツールを見るのではなく、企業活動全体を俯瞰し、その中でAIが担える領域と、人が担う領域を考えることになります。また、現在AIが担える範囲だけではなく、AIのCapabilityが進化したときに、その範囲がどのように広がるのかを継続的に捉えるという視点も生まれます。
そして、この問いに答えるためには、まず自社の仕事が見えていなければなりません。どのようなWorkやTaskが存在するのかが分からなければ、「どこまでAIが担えるのか」を判断することもできないからです。AXのボトルネックは、AIが十分に進化していないことではありません。AIを適用する対象である企業自身が、自社の仕事を十分に理解できていないことにあります。
AIの性能を追いかけるだけでは、AXは完成しません。まず企業活動を理解し、その仕事とAIの能力を照らし合わせる。その上で初めて、「自社のどこまでをAIが担えるのか」という全体像が見えてきます。
では、企業活動のうち、AIが担える範囲そのものを可視化することはできないのでしょうか。
次回は、この問いに対する新しい物差しとして、「AIカバレッジ」について考えていきます。
あらゆるデータを整備し、AIが活躍できる状態へ
XAION(ザイオン)は特許技術を活用したコンテキストエンジンで、企業の眠るデータ資産にコンテキストを付与し"生きた知能"へと変換します。
